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鉄道-とくに身延線90周年 ブログトップ
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下部川を渡る上り3両編成 [鉄道-とくに身延線90周年]

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 下部川に架かる橋梁にさしかかった身延線上りの普通列車3両編成です。
今日も無事、元気に運行されていました。身延線全通90周年まで、あと50
日あまりとなりました。


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春立つ日の「ふじかわ」 [鉄道-とくに身延線90周年]

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 お世話になった先生が松江までお帰りなるのを見送った下部温泉駅で、下りの特急
ふじかわがホームに入ってきました。春の強い光を浴びながら・・・。

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下部温泉駅の古レール [鉄道-とくに身延線90周年]

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 この話題は、2016年11月3日に現地調査したことについて、翌11月4日に記事にし、さらに
同年11月15日に補足記事を載せているのですが、内容を整理し、あらためて「身延線90周年」
のカテゴリの記事としようとするものです。

 まず最初の写真は、下部温泉駅と駅舎と当該資料の見られる場所を示すもので、11月15日
の記事から再掲しました。とても目につきやすい場所なので、誰でも容易に確認することが
できます。

161103rail01.jpg

 当該資料とするところをもう一度確認してみます(11月4日の記事から再掲)。駅舎の一部
を構造している柱材が、古レールの転用となっているのですが、そこにも文字列の陽刻があ
るのでした。

161112shimobeSta02.jpg

 それを読み解くとこんな感じになったのです(11月15日の記事から)。
 そしてその理解ですが、1946年5月に日本製鉄(当時)という会社で製造されたものであり、
戦後間もなく作られた鉄道用レールであり、長く列車の走行を支えて来たのですが、摩耗が規
定に達したためか、新しいものと換えられ、廃レールとなりました。そしていま、本来の役割
とは違う形に姿を変えてがんばっているというものです。
 前回のイギリス製1887年のレールよりは新しいものですが、基本的な位置づけはほぼ同じで
ありました。


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甲斐住吉駅の古レールの銘文詳細 [鉄道-とくに身延線90周年]

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 前回にも登場させた甲斐住吉駅の待合室の全景です。この施設の構造材として古いレール
の見られること、すなわち列車の通過を支えた役割が、レール上面の摩耗などにより廃棄の
運命をたどったものが、第二の人生(「レール生」というべきか)を踏み出した様をお伝え
したものです。
 今回は、その続編というか、詳細バージョンとなるものです。

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 まずは、こちらの古レール。待合室の上の方に梁として使われている部材の1つですが、
前回にもふれたように陽刻文字列がありまして、あらたに画像補正により正射投影化したも
のに、その判読情報を並べ併せた写真です。

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 もう1つ、こちらは柱材として使われている部材で、これも上のものと同様に処理した画
像です。

 ここからまとめに入りますが、どちらにも1887年の紀年銘が確認されます。こうした
古いレールと甲斐住吉駅の関係を考えてみます。
 この甲斐住吉駅があるJR身延線は、大正2(1914)年に創設された「富士身延鉄道」(富
士―身延間)を前身とし、大正13(1924)年から昭和3(1928)年までの2期工事のなか
で身延-甲府間が完成していることが知られています。ですから、この駅の待合室に使用さ
れている1887(明治20)年製のレールは、どこか別の先行する路線に使用され、新材と
の交換によって廃棄されたものが、ここに運ばれてきて使用されたものと理解されます。
 次に、このレールのもともとの生産地についてです。今回取り上げた画像は、2004年6月
の撮影で、そのときに任意に撮影した範囲の情報に拠っていますが、この文字列には前後が
あって、それによりイギリスのシェフィールドにあるCharles Cammell & Co.という会社の
製造によるものだったということがわかっています(ウェブページ『古レールのページ』による)。


《追記》前回および今回の記事の取材は2004年で、このブログのはじまる前のことでした。
   ゆえに、このブログの過去記事にこれにふれたものはなく、今回「身延線90周年」
   という企画に合わせて登場させたものです。

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甲斐住吉駅の駅舎の古レール [鉄道-とくに身延線90周年]

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 こちら2004年6月5日に撮影したJR身延線の甲斐住吉駅です。甲府発鰍沢口行きの
普通電車が停車中です。
 今回のテーマは、電車の方ではなくて、駅舎の方です。

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 こちらが、その駅舎です。柱や桁を古レールで構造し、壁はブロック積みとしています。
まあ、駅舎と言うよりは、待合室といった感じはありますが。

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 この駅舎、昭和35年3月に当時の国鉄の建物資産として台帳にのったことを示すプレート
がみられましたので、1960年までの建造と考えられます。こうした年代の構造物ならでは
の古レール、すなわち現役を引退したレールの再利用だといえるものなのですが、具体的
にはどんな状況なのでしょうか。実際のところを以下に見ていきます。

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 まずこの柱材に使用された古レールですが、縦使いのレールのやや上の方に、製造者と
製造年にかかる陽刻の文字列が見られます。

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 こちらの桁材にも同様な陽刻文字列が確認されます。うん、1887年製ということで
しょうか。こんなところにも歴史が感じられます。



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甲斐上野駅で見たRDF [鉄道-とくに身延線90周年]

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 2009年9月26日に、JR身延線の甲斐上野駅の構内に、JR東海のRDFが停車して
いるのを見ました。お仕事の合間で、次の作業現場までの間、しばしお休みをし
ていたようです。

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 その後尾側からの全景です。ところで、RDFとは、いったいどんな役割を持つ車
両なのでしょうか、その塗装色からして、保線関係の特殊車両であるとはすぐに想
像がついたのですが・・・。
 RDF それは Rail Flaw Detection System の頭文字なのだということらしい
のですが、その詳細は・・・WEBで、 じゃなくて、同日のこのブログの記事
ご参照ください。

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芦川橋梁の塗装変更 [鉄道-とくに身延線90周年]

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 前回のJR身延線・川浦踏切のスケッチに前後して、2010年1月10日に芦川橋梁を望遠
していました。あれっ、トラス部の塗装の色が違ってる・・・。

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 こちらは、少し前に取り上げた芦川橋梁の記事に使用した2007年5月14日撮影の写真
の再掲です。こちらは薄い藤色のような感じで塗装がされています。

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 その辺が少しあやふやだったので、昨日(2018年1月11日)、確認に出向いています。
2007年の撮影は、芦川橋梁を下流側から見ていますが、昨日の撮影は、アクセスの関係
もあって上流側から確認したものです。
 その結果、どうやら2007年の観察時から 2010年1月までに間に、塗装色の変更がなさ
れ、今に至っているようです。
 こうしたことは、たゆまぬメンテナンスが存在することの査証の1つと言え、わが身
延線は、ずっと生き続けているな、と感じたものでありました。
 
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川浦踏切 [鉄道-とくに身延線90周年]

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 JR身延線の芦川―甲斐上野間にある川浦踏切での2010年1月10日のスケッチです。こ
こは、特に人道が線路を横切る踏切なのです。人道踏切とは言え、車道の踏切と変わら
ない施設設備が配されています。(その後現時点までの間に、少し、一部分の施設の配
置が換わっているようですが、今回は特にこだわりません)

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 1点目の写真の一部を切り出してみました。そこには、「71K388M」の数字を読み取
ることが出来ます。すなわち、この川浦踏切が、身延線の起点から 71.388kmの位置に
あることを意味しています。

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 人専用の踏切であって、車が来ないことをいい幸いに、踏切の中ほどから上り方向を
見てみました。この踏切からすぐそこは、芦川駅となっています。
 それにしても、このところは、直線の線路になっていますね。

180111kawaura_fumikiri02b_100110.jpg

 またまたすぐ上の写真から、向かって右手の芦川駅のホームの部分を中心に切り出し
を行う形で眺めてみました。
 この画面の右端の部分に、前々回に取り上げた、ハエたたきのような形をした電信柱
を認めることが出来ます。
 さらに、線路のずっと先を見ると、右にカーブを始めていることも読み取れます。ど
こまでもまっすぐなんて、なかなかないですよね。


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甲斐上野駅で見た「マルタイ」 [鉄道-とくに身延線90周年]

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 2007年11月24日に、JR身延線の甲斐上野駅の構内で見た保線関係の特殊車両である
マルチプルタイタンパー(MTT)です。
 身延線でJR東海のマルタイを見たのは初めてのことで、これについては、見学して
から数日後の2007年12月1日に、このブログで記事にしていますし、その追加情報を
2007年12月14日に残しております
。マルタイの詳細は、そちらでご確認くださりたく
存じます。
 もちろん、マルタイを見かけた機会はその後もあり、また追って取り上げたいと思って
います。

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古い時代をしのばせる電信柱 [鉄道-とくに身延線90周年]

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 JR身延線の芦川駅の傍らに、それはひっそり建っていました。歴史の生き証人です。
今年、富士-甲府間全通90周年を迎える、歴史ある身延線ですが、かつてそいつは重要
な役割を果たしていたのです。

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 「そいつ」とか「生き証人」とかいっているのは、これ。木製の電信柱です。ちょっ
と似ているけど電柱ではありません。通常の三相交流を伝える電線を支持する電柱には
3つの碍子が付けばいいだけなんですが、4段の腕木にいくつもの碍子が付いていて、
いくつもの電信回線が取り付いていたことを物語っています。
 ちなみに、この電信柱の形状が、あるものに似ているのですが、思い当たるもの、あ
りますか。この形、いまではあまり見かけなくなってはいますが、ハエたたきに似てい
るとされてきました。なので、こうした電信柱には「ハエたたき」のニックネームがあっ
たとも伝えられています。

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 芦川駅のホームを歩きながら、反対側から見ることにしました。電信柱の上の方に焦
点を当ててクローズアップしたものです。碍子の付き方がよく分かります。木製の電信
柱に雨水が染み込んで腐ることがないように、上部にキャップが被せられているのも確
認できます。
 碍子の上端部に留められて、支持されていた電信線はもう、とうに撤去されて、本来
の役割は終わっています。以前には、この前後に仲間がずっと、線路とほぼ並行するよ
うに一定間隔で並び、鉄道の運行に関する情報を伝えていたのです。それが今は、まっ
たくの一人ぼっち。でも、よく残っていてくれたものです。

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 鉄道と関係するものって、なぜ、そう言えるんだっ、といぶかる方もおられるかもし
れません。でも、よく観察すると、木柱のやや上の方に、こうしたナンバープレートが
打たれていて、全体の19番目の電信柱だということを表すとともに、鉄道関連を意味す
るマークが押されているのが、何よりの証拠です。

 身延線の長い歴史を伝えるもの、いろいろありますね。まだまだ出てくると思います
よ。次の話題をお楽しみに・・・。
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